スクリーンヒーローの生涯をたどる——伏兵のジャパンカップから、故郷へ続く物語

スクリーンヒーローの生涯をたどる私の日記——伏兵のジャパンカップから、故郷へ続く物語

スクリーンヒーローという名前を思い浮かべると、私の頭の中では、まず2008年のジャパンカップが動き始めます。強豪たちのいる舞台で、伏兵と呼ばれた馬が主役になる。名前からして映画向きですが、競馬の物語は脚本どおりには進みません。だからこそ、その一勝が今も気になるのでしょう。

けれど、彼の生涯をジャパンカップの勝利だけで閉じてしまうのは、私には惜しく感じられます。父グラスワンダーから受け継いだ血。競走馬として頂点に立った時間。種牡馬として子どもたちを送り出した日々。そして、生まれ故郷の社台ファームへ帰っていく道。その後も産駒が走るたびに、名前が競馬場へ戻ってくるのです。

今回は、その道を私なりにたどってみたいと思います。誰が一番強いかを決めるランキングではなく、競走馬、種牡馬、功労馬という立場の違いを見比べながら、一頭の馬の生涯を眺める日記です。同じスクリーンヒーローでも、どこに目を向けるかで、胸に残る場面が変わってきます。

画像はAIで生成されたイメージです。実際のスクリーンヒーローや、当時のレースを撮影した写真ではありません。

まず見比べたい、スクリーンヒーローの三つの時間

牧場で風を受け、遠くを見つめるサラブレッドの横顔
競走馬、種牡馬、引退後。一頭の馬としての時間は続く。

私が彼の歩みを整理するとき、区切りになるのは「走っていた時間」「父としてつないだ時間」「故郷で過ごす時間」です。どれも同じ馬の人生なのに、見守る側の気持ちは少しずつ変わります。

現役時代は、目の前のレースに心が引っ張られます。種牡馬になると、まだ見ぬ産駒の未来が気になります。種牡馬を引退したあとは、勝ち負けよりも、穏やかな時間が続いてほしいと思う。応援する私の側にも、役割の交代があるのですね。

スクリーンヒーローの歩みを、立場と出来事で比較
立場 歩みを象徴する出来事 私が心を寄せるところ
競走馬 アルゼンチン共和国杯で重賞初勝利。2008年のジャパンカップを制覇 伏兵だった馬が、大舞台の主役へ変わる瞬間
種牡馬 モーリスなどの活躍馬を送り出し、2023年の種牡馬引退時にはGI馬3頭を輩出 自身の勝利が、次の世代の物語につながること
種牡馬引退後 生まれ故郷の社台ファームで余生を送る 競馬場を離れても、産駒の活躍を通して名前が生き続けること

こうして並べると、ジャパンカップは物語の大きな頂点でありながら、最後のページではなかったのだと感じます。あの勝利のあとにも、彼には父としての時間が待っていました。そして今は、子どもたちが続きを走っています。

グラスワンダーの息子として、その先へ進んだ馬

スクリーンヒーローの父はグラスワンダーです。1998年と1999年の有馬記念など、GIを4勝した名馬。その息子というだけでも、競馬好きの想像は忙しくなります。血統表を眺めているだけなのに、頭の中ではもう何頭も走っている。私の想像力、こういうときだけは妙に働き者です。

それでも、父の実績がそのまま息子の勝利になるわけではありません。名馬の子という言葉は期待を呼びますが、実際に競馬場を走るのは、その馬自身です。スクリーンヒーローにも、父とは別の道がありました。

私が惹かれるのは、父の名前を背負ったまま、自分の名前を大きくしていったところです。グラスワンダーの息子として始まった話が、やがて「スクリーンヒーローの産駒」という言葉を生む。血を受け継ぐ側から、血をつなぐ側へ。その変化には、長い時間の厚みがあります。

母系にも目を向けると、ダイナアクトレスからスクリーンヒーローへ続く、マジックゴディス牝系のつながりがあります。父の名前が目立つ馬ほど、私は母の側へも視線を戻したくなります。一頭の馬の背景は、父だけでは語りきれません。

父系と母系を見比べると、スクリーンヒーローの物語は、突然どこかから現れた英雄の話ではないと感じます。幾つもの世代からつながった血が、一頭の馬として競馬場に立った。その馬が、今度は自分の子どもたちへつないでいく。血統という言葉が、数字や名前の並びよりも、ずっと生きたものに見えてきます。

もっとも、血統を眺めて感心しているだけでレースの結果まで見通せたら、競馬はずいぶん簡単でしょう。私の予想の苦労も減りそうですが、そうはいかない。受け継いだ可能性が、いつ、どんな形で表れるのか。その答えを馬自身が走って示すところに、競馬の面白さがあるのだと思います。

重賞初勝利からジャパンカップへ、主役になるまで

アルゼンチン共和国杯は、物語の向きを変えた一勝

スクリーンヒーローが重賞初勝利を挙げたのは、アルゼンチン共和国杯でした。父グラスワンダーの血をつなぐ馬が、自分の重賞タイトルを手にする。ここは、彼の生涯をたどるうえで外したくない場面です。

私は、最初の重賞勝利という響きに弱いところがあります。すでに名馬として知られている馬にも、「初めて」があった。その事実に立ち返ると、完成した実績の一覧では見えにくい、道の途中の姿を感じられるからです。

あとから振り返れば、アルゼンチン共和国杯はジャパンカップへ続く大切な一歩でした。けれど、一つの勝利を最初から次の大勝利のためだけに扱いたくはありません。その日に重賞を初めて勝ったこと自体に、ちゃんと重みがあります。

名馬の歩みを読むと、つい最後の大きな結果に目が向きます。映画でいえば、クライマックスへ早送りしたくなるようなものです。でも私は、ここでリモコンを置きたい。スクリーンヒーローが重賞勝ち馬になった時間を、少し長く眺めていたくなります。

2008年のジャパンカップで、伏兵が中心に立った

芝の直線を力強く疾走するスクリーンヒーローと騎手を題材にしたイメージ
伏兵という評価を越え、自分の走りで主役になった一勝。

そして迎えた2008年のジャパンカップ。スクリーンヒーローは、デムーロ騎手とともに勝利をつかみました。伏兵と呼ばれた馬が強豪を破り、主役になる。競馬を見ていると、こういう場面で、こちらが用意していた筋書きのほうが先に息切れします。

このレースではウオッカが3着でした。名のある馬たちが集まる舞台で、スクリーンヒーローが勝った。その結果には、「有力馬を見ていれば物語の全部がわかる」とは限らない、競馬の奥行きが表れています。

私がこの勝利を好きなのは、意外な結果だったからだけではありません。伏兵という言葉は、見る側がつける呼び名です。馬自身が「今日は脇役です」と名札を下げて走るわけではない。スクリーンヒーローは、自分の走りで、その日の中心に立ちました。

あとから知っている私たちは、彼の名前の横にジャパンカップ勝ち馬という実績を置けます。けれど、勝つ前の評価と勝ったあとの評価を見比べると、一つのレースが馬の見え方をどれほど変えるかに気づきます。同じ馬なのに、周囲の視線が変わる。その変化こそ、競馬のドラマなのかもしれません。

スクリーンヒーローという名前も、この場面では不思議によく似合います。大げさな演出を足さなくても、勝利そのものが十分に劇的です。私が余計な効果音を入れる必要はありません。心の中では、もうかなり鳴っていますが。

あの勝利の周りには、馬の未来を考える人がいた

スクリーンヒーローのジャパンカップを振り返るとき、勝ち馬と騎手だけで話を終えたくない気持ちになります。2008年の頂点には、自分の名誉より馬の将来を大切にした二人の調教師の存在も重なっています。

私は、この「馬の将来」という視点に心が止まります。目の前の成功は、人にとっても魅力的です。それでも、一頭の馬の先にある時間を考える。競馬の華やかな瞬間の背景には、そうした判断や思いがあるのでしょう。

勝利の瞬間は短いのに、その馬を支える時間は長い。ゴールの映像を見ているだけでは、日々の仕事のすべてまでは見えません。だからこそ、関係者の言葉が一つ加わると、レースの景色が少し深くなります。

ジャパンカップの直線については、「今でも忘れられない…JCの直線のあの感触」という言葉も残っています。私には、この「感触」という表現が印象的です。勝ったという事実だけでなく、あの時間が身体の記憶として残っているように感じられます。

寺本秀雄厩務員にも、スクリーンヒーローとの思い出がありました。馬の生涯には、記録として大きく残る日と、そばにいた人の中に残る日があります。後者の時間を思うと、勝ち馬という肩書きの奥に、一頭の馬の暮らしが見えてくる気がします。

私自身が厩舎で彼と過ごしたわけではありません。それでも、こうした言葉に触れると、名馬を遠くから眺める気持ちに、少し温度が加わります。実績を知ることと、その馬が人にどう記憶されているかを知ることは、似ているようで違うのですね。

王者になったあとの一年には、別の重さがある

連覇を目指せるのは、前年に勝った馬だけ

2009年、鹿戸雄一調教師は、ジャパンカップ連覇への思いを語っています。「連覇の資格を持っているのはスクリーンヒーローだけですし頑張りたいですね」という言葉です。

私は、この「資格」という言い方が好きです。誰もが次のレースの勝利を目指せても、連覇を目指せるのは前年の勝ち馬だけ。前年の一勝が、翌年には特別な立場になる。勝利は過去の記録でありながら、次の挑戦の入り口にもなるのです。

伏兵として大舞台へ向かうときと、前年王者として向かうときでは、見る側の期待も違います。前者には驚きを待つ気持ちがあり、後者にはもう一度という願いがある。応援する私たちの側が、いつの間にか注文を増やしてしまうところもあります。

一度勝った馬に、同じことをもう一度求める。その気持ちは自然ですが、簡単な仕事のように考えたくはありません。競馬では、前の年の結果をそのまま翌年へ貼りつけることはできない。名馬にも、新しい一戦があります。

無事を願いながら、GI馬としての走りも求める

鹿戸調教師は2009年に、無事を願うだけでなく、GI馬としてふさわしいレースをさせたいという思いも語っています。私はそこに、馬を大切にする気持ちと、競走馬として力を発揮させたい気持ちの両方を感じます。

応援する側は、よく「無事で」と言います。私も言います。その願いは、どんなときにも根っこにあります。それと同時に、スクリーンヒーローにはジャパンカップを勝った馬としての期待が寄せられる。二つの気持ちを抱えながら馬を送り出す立場を思うと、言葉の重みが変わります。

華やかな勝利のあとは、ずっと明るい道が続くように想像しがちです。でも、王者になったあとの時間には、王者になったからこその責任や願いがある。スクリーンヒーローの生涯を考えるなら、頂点に立った瞬間と、その肩書きを持って過ごした時間の両方を見たいと思います。

父になってから、勝利の届く場所が広がった

続いて、種牡馬としてのスクリーンヒーローへ目を向けます。現役時代の彼が自分の脚で走っていたのに対し、父になった彼の名前は、産駒の走りとともに各地へ届くようになりました。

2023年の種牡馬引退時、スクリーンヒーローは父としてGI馬3頭を送り出していました。この数字は、その時点での歩みを示すものです。種牡馬を引退したあとも、すでに送り出した産駒は走り続ける。父の仕事に区切りがついても、子どもたちの競走生活まで同時に終わるわけではありません。

私はこの時間のずれを、競馬の血統の面白さだと思っています。父が牧場で新しい日々を過ごしているころに、子どもが競馬場で新たな一勝を挙げる。さらに孫の世代も走る。ひとつの引退が、家族全体の幕引きにならないのです。

産駒を見比べるときも、私は強さの順位をつけるより、それぞれが父の物語にどんな景色を加えたのかを考えたくなります。違う馬を一つの物差しへ押し込むより、違いをそのまま眺めるほうが、この父の広がりを感じられるからです。

産駒がスクリーンヒーローの物語に加えた景色
産駒 印象に残る歩み 父の生涯と重ねて私が感じること
モーリス 4歳で大きく飛躍し、日本と香港で活躍。マイルから別の距離の領域へも実績を広げた 成長の先に、舞台が広がっていく面白さ
ウインカーネリアン 蹄葉炎を克服し、8歳でスプリンターズSを制覇。2026年に引退、種牡馬入りへ 年齢だけでは区切れない充実と、次へつなぐ力
コスモフリーゲン 2025年に重賞初制覇 父の種牡馬引退後にも、新しい大きな勝利が生まれること
トラスト 2016年、父が札幌競馬場に登場した日に重賞初勝利 父と子の時間が、同じ日に重なる喜び
ミュゼエイリアン 2015年の毎日杯で接戦を制し、重賞初勝利 父の実績が、それぞれの子の一勝として受け継がれること

モーリスを眺めると、父の物語が海外まで続いて見える

海外の舞台への広がりを象徴する、芝を伸びやかに走るモーリスのイメージ
血を受け継ぐことと、同じ道を歩くことは別の物語。

スクリーンヒーローの産駒を語るとき、モーリスは大きな存在です。4歳で飛躍し、日本と香港で活躍した馬。その歩みを見ていると、父の名前が国内の競馬場だけに収まらなくなっていきます。

私は、父のジャパンカップと、息子の日本・香港での活躍を並べて考えるのが好きです。同じ勝ち方、同じ競走生活だったという意味ではありません。それぞれの馬が、それぞれの舞台で、自分の実績をつくった。その結果、スクリーンヒーローという父の存在が、いっそう広く知られていきました。

モーリスはマイルの領域で大きな実績を残し、別の距離の領域でも力を示しました。一方、父スクリーンヒーローを思い出すとき、私の中心にあるのはアルゼンチン共和国杯やジャパンカップです。父と子を見比べると、血を受け継ぐことと、同じ道を歩くことは別なのだと感じます。

この違いが、私には面白いのです。父のコピーを探そうとすると見落とすものが、息子自身の歩みとして眺めると見えてくる。似ているところを喜びながら、違うところにも驚ける。血統の楽しみは、その両方にあるのでしょう。

さらに、モーリス自身も種牡馬となって、次の世代へ血をつないでいます。父グラスワンダー、スクリーンヒーロー、モーリス。名前を順にたどるだけで、競馬の時間が一頭の現役期間よりずっと長いことを感じます。

私の頭の中では、ときどき血統表が家族のアルバムのようになります。ページをめくるたびに別の馬が現れるのに、どこかに前の世代の気配がある。もちろん、馬たちはアルバム撮影のために走っているわけではありません。見ている私が、勝手に懐かしさまで受け取っているのです。

ウインカーネリアンが見せた、遅い時間に咲く大きな勝利

8歳のGI制覇は、父の余生にも新しい輝きを加えた

そして、私がスクリーンヒーローの生涯を考えるとき、近年とりわけ胸に残るのがウインカーネリアンです。2025年、8歳でスプリンターズSを制しました。スクリーンヒーロー産駒にとって、初めてのスプリントGI制覇でした。

父が種牡馬を引退したのは2023年です。そのあとに、産駒が新しい領域のGI勝利を届けた。この順番が、私にはとても印象的です。父自身は競馬場の中心に立っていなくても、父の名前に新しい実績が加わっていくのです。

ウインカーネリアンは蹄葉炎を克服して、この勝利をつかみました。鹿戸調教師の「偉いなと思います」という言葉が、私は忘れがたいです。大きな勝利を飾る華やかな表現より、この短い言葉のほうが、馬への思いを近く感じさせてくれます。

8歳という年齢、病気を乗り越えた歩み、そしてGIの頂点。どれか一つだけでも胸に残るのに、それらが一頭の馬の勝利に重なっていました。ドラマを大きく見せようとして飾る必要はありません。馬がたどった道そのものに、十分な重みがあります。

この勝利は、三浦皇成騎手にとってもGI初制覇となりました。馬の大きな節目と、人の大きな節目が同じレースで重なる。私は、こういう勝利を読むと、結果の一行を何度も眺めたくなります。一行の中に入っている時間が、あまりにも長いからです。

9歳の充実と、陣営の言葉を見比べる

2026年、9歳になったウインカーネリアンは、キーンランドCで3着でした。三浦騎手からは「充実期を迎えている」という言葉が出ています。年齢を見て私たちが先に抱いてしまう印象と、実際に馬に接する人の感触。その違いを考えさせられます。

スプリンターズSの連覇へ向けて、鹿戸調教師は出来について「満点に近い」と語っていました。一方で、レース前には「馬場は心配」という言葉もありました。

私は、この二つを並べて読むのが大切だと感じます。馬の状態への手応えと、舞台への心配は、同時に存在する。出来がよいという言葉を聞いた瞬間に、私の心はつい先走りますが、競馬には馬場などの条件もあります。気持ちの前のめりだけで、ゴール板は近づいてくれません。

枠順が7枠14番に決まったときには、陣営から「最近は偶数に当たりますね」という言葉もありました。私はこういう何げないコメントが好きです。大一番に向けた時間の中にも、いつもの会話のような温度がある。馬の周りにいる人たちの日常が、ふっと見える気がします。

華々しい勝利のコメントと、調整中の手応え、条件への懸念、ちょっとした枠順の話。見比べると、競走馬を支える時間にはいろいろな表情があります。すべてを熱い決意の言葉に変えなくても、そのままで十分に心へ届きます。

引退して、今度は父になる道へ

ウインカーネリアンは2026年に競走馬登録を抹消され、ビッグレッドファームで種牡馬入りする予定となりました。私は、この知らせをスクリーンヒーローの生涯の続きとしても受け止めています。

父スクリーンヒーローが、競走馬から種牡馬へ役割を変えたように、息子も次の役割へ向かう。8歳でつかんだGIの勝利は、現役生活を彩る実績であると同時に、これから父として迎える時間へ持っていく歩みでもあります。

競走馬の引退には寂しさがあります。次の出走を待つ楽しみが終わるからです。それでも、種牡馬入りには別の待ち方が始まります。今度は、子どもたちがどんな馬になるのか。まだ結果のない未来を、少し遠くから楽しみにする時間です。

スクリーンヒーロー自身の物語をたどっていたはずなのに、気がつけば息子の次の章を待っている。私にとって、父としての名馬の生涯とは、こうして自分以外の馬の未来にも続いていくものなのだと思います。

大きなGIだけでなく、それぞれの一勝にも父の名前がある

続いて、ほかの産駒にも目を向けてみます。モーリスやウインカーネリアンの大きな勝利が強く印象に残る一方で、スクリーンヒーローの父としての歩みは、それだけでできているわけではありません。

2015年の毎日杯では、ミュゼエイリアンがゴール前の接戦を制し、重賞初勝利を挙げました。大きな舞台で圧倒する勝ち方もあれば、最後の接戦をものにする勝ち方もある。産駒の一勝をたどると、同じ父の子どもたちにも、それぞれの場面があるとわかります。

2018年には、クリノガウディーが京都の新馬戦を差し切って勝ちました。新馬戦は、その馬の競走生活の入り口です。名馬の父を語るとき、どうしても完成した実績に目が向きますが、子どもたちはみんな、自分の最初のレースから歩みを始めています。

2025年には、コスモフリーゲンが重賞初制覇を果たしました。七夕賞へ向けた時期には、柴田大知騎手の手応えも伝わっていました。父が種牡馬を引退したあとにも、こうして新しい重賞勝ちが生まれる。そのたびに、私は「まだ物語が増えている」と感じます。

ウインマリリンには、スクリーンヒーロー産駒らしい成長曲線という見方がありました。ボルドグフーシュは天皇賞・春へ参戦し、東京芝2500mの重賞を考える場面でも、父の名前とともに注目されました。マイネルウィルトスの復活や芝2500mでの走りにも、スクリーンヒーロー産駒としての関心が寄せられています。

こうした馬たちを並べると、私はスクリーンヒーローの子どもたちを、一つの距離や一つの競走生活へまとめたくなくなります。スプリントでGIを勝つ馬もいれば、長い距離の舞台で注目される馬もいる。父の名前は共通していても、競馬場で描く線はそれぞれ違います。

父自身の代表的な勝利と、産駒が力を示す舞台を見比べると、受け継がれたものの広がりを感じます。すべてを父の特徴だけで説明しようとするより、母系やその馬自身の成長にも目を向けたい。私は、そのほうが一頭一頭をちゃんと見られる気がします。

札幌で重なった父と子の日は、小さな宝物のようだ

競馬場で係員に引かれて歩く馬を、観客が見守る情景
札幌で父が登場した日に、子トラストも自身の走りで重賞初勝利。

産駒の話の中で、私がとりわけ好きな出来事があります。2016年9月3日、トラストが重賞初勝利を挙げた日に、父スクリーンヒーローが札幌競馬場に登場していたことです。

父と子の名前が、同じ日、同じ競馬場で重なる。これだけで、私は少しうれしくなります。血統表では縦につながっている二頭が、その日はひとつの競馬場の出来事として思い浮かぶからです。

もちろん、父がいたことを勝利の理由にするつもりはありません。トラストの勝利は、トラスト自身が走って手にしたものです。それでも、見守る側にとっては、父の登場と子の重賞初勝利が重なった日として、特別に覚えていたくなります。

父としてのスクリーンヒーローを考えるとき、GI馬を何頭送り出したかという数字も大切です。でも、この札幌の日のように、数字とは違う形で記憶に残る出来事もあります。成績の表だけでは置ききれない思い出が、名馬の生涯にはあるのですね。

三世代の勝利を見て、血のつながりが現在形になった

2021年5月1日には、グラスワンダー、スクリーンヒーロー、モーリスという三世代の産駒が同じ日に勝ちました。グラスワンダー産駒にとっては、18年連続の勝利にもつながる出来事でした。

私がこの話に惹かれるのは、父、息子、孫という血のつながりが、過去の系譜だけで終わっていないところです。それぞれの世代の産駒が、同じ日の競馬で勝っている。血統の歴史が、現在のレース結果として動いているのです。

グラスワンダーからスクリーンヒーローへ。スクリーンヒーローからモーリスへ。そして、それぞれが送り出した馬たちへ。名前をたどっていると時間をさかのぼっているようで、実際には目の前の競馬にもつながっています。

私は、ここにスクリーンヒーローの立ち位置の面白さを感じます。偉大な父の息子であり、活躍する息子の父でもある。両側から照らされる馬ですが、その真ん中には、自分自身でジャパンカップを勝った彼がいます。

父がすごかった、子がすごかった。その二つだけで彼を挟んでしまうのは惜しい。スクリーンヒーロー自身の一勝があり、彼自身の生涯があるからこそ、その前後のつながりも豊かに見えてくるのだと思います。

種牡馬引退、そして生まれ故郷へ帰る

夕方の放牧地をゆっくり歩く引退馬と、奥へ続く木柵
役割に区切りがついても、一頭の馬としての日々は続く。

2023年、スクリーンヒーローは種牡馬を引退しました。その後は、生まれ故郷の社台ファームで余生を送ることになりました。

私は、この「生まれ故郷」という言葉に、静かな強さを感じます。競馬場で大きな勝利をつかみ、父として多くの馬を送り出したあと、最初の場所へ帰っていく。派手な見せ場とは違うのに、生涯の大切な場面として心に残ります。

現役引退と種牡馬引退を比べると、区切られるものが違います。現役引退は、自分がレースを走る時間の終わりです。種牡馬引退は、父として新しい産駒を送り出す役割の区切り。そのどちらのあとにも、一頭の馬として暮らす時間があります。

私は以前より、その時間を大事に考えるようになりました。競走成績の更新がなくなっても、馬の生涯が終わるわけではありません。人が数字を待たなくなったあとにも、馬には日々がある。スクリーンヒーローを好きだと言うなら、その静かな時間にも思いを向けたいのです。

2025年には、鹿戸調教師が愛馬との再会について語る機会もありました。私は「再会」という言葉だけでも、少し胸が温かくなります。競走生活をともにした人と馬のつながりが、厩舎を離れたあとにも続いている。そのことがうれしいのです。

こういう話を読むと、勝った馬だから大切にされている、というだけでは捉えきれない気がします。ともに過ごした時間があり、その馬を知っている人がいる。名馬の余生には、実績の余韻と、人との関係の続きがあるのでしょう。

父グラスワンダーへの別れが、息子の歩みを照らした

一方で、世代のつながりを考えると、別れの時間にも触れたくなります。2025年、グラスワンダーは30歳で亡くなりました。GIを4勝した自身の実績に加え、息子スクリーンヒーロー、孫モーリスへと続く血の広がりも、あらためて心に浮かびます。

尾形充元調教師は、「グラスワンダーで私は男になれた。ありがとう」と言葉を寄せています。私には、この感謝が、馬の実績だけをたたえる言葉よりも深く響きます。一頭の馬との出会いが、人の人生にも大きく残っていたのだと感じるからです。

スクリーンヒーローの周りにも、馬の将来を考えた人、直線の感触を忘れられない人、思い出を語る人がいます。父グラスワンダーへの言葉と見比べると、名馬の生涯には、人の記憶も一緒に積み重なっていくのだと思わされます。

グラスワンダーの訃報は海外でも話題になりました。モーリスの祖父というつながりを通して、父の名前が遠い場所へ届いていたことも印象的です。その間には、スクリーンヒーローがいます。父と息子をつなぐ彼の存在を、私はあらためて大きく感じます。

別れは寂しいものです。それでも、血のつながりをたどると、残されたものが現在の競馬に生きている。スクリーンヒーローの生涯を見つめることは、彼より前の世代を思い、彼より後の世代を待つことにもつながっています。

私が何度も戻りたくなるのは、勝利と余生のあいだ

ここまで歩みをたどって、私は最初のジャパンカップへ、もう一度戻りたくなりました。2008年、伏兵だったスクリーンヒーローが主役になった。あの一勝は、やはり彼の生涯の大きな中心にあります。

けれど、いま私がその勝利を眺めるときには、当時とは別の景色も重なります。モーリスの日本と香港での活躍。ウインカーネリアンが8歳でつかんだスプリントGI。トラストが重賞を初めて勝った札幌の日。父が種牡馬を引退したあとに生まれた、産駒の新しい実績。

そして、その真ん中に、故郷で余生を送るスクリーンヒーローがいます。自分で走っていたころとは違う立場でも、競馬とのつながりは続いている。私は、そのあり方が好きです。

競走馬としての彼は、自分の脚でひとつの大きな結果を残しました。父としての彼は、違う馬たちの、違う舞台での活躍につながりました。余生を送る彼には、これまでの役割から離れた、一頭の馬としての時間があります。この三つを見比べると、勝利の数だけでは受け取れないものが見えてきます。

私はスクリーンヒーローを、驚きのジャパンカップ勝ち馬として覚えています。同時に、遅い時間に訪れる飛躍や、世代を越えるつながりを何度も見せてくれた父としても覚えています。どちらかだけを選ぶ必要はないのでしょう。一頭の馬の生涯には、いくつもの好きな場面を持っていてよいのだと思います。

これから産駒や、その先の世代の馬が走るときにも、私はふと彼の名前を思い出すはずです。そのたびに、2008年のゴールから、まだ続きを読んでいるような気持ちになる。なかなか終わらない物語ですが、こういう長編なら、私は喜んで付き合いたいと思います。

今日の私の日記には、ジャパンカップの一勝だけでなく、故郷へ帰ったその後の時間も残しておきます。大きな舞台で輝いた馬が、穏やかな日々を過ごしている。その間に、子どもたちがまた競馬場へ名前を運んでくる。スクリーンヒーローの生涯を思うと、私は次のレースを見る楽しみと、彼の静かな時間を願う気持ちを、同時に抱いています。