キングカメハメハの生涯をたどる―5馬身差の衝撃から、親子3代の殿堂入りまで

キングカメハメハの生涯をたどる私の競馬日記――5馬身差の衝撃から、親子3代の殿堂入りまで

キングカメハメハの生涯を振り返るとき、私は、あの名前の大きさをあらためて考えます。「大王」。強い競走馬に似合う呼び名ですが、この馬の場合は、現役時代の勝利だけでは収まりません。自分が走って残した記録があり、父として送り出した名馬がいて、孫の世代にも物語が続いている。競馬の歴史の中に、一頭の馬の名前が何度も違う形で現れるのです。

2004年のNHKマイルCで見せた5馬身差のレコード勝ち。日本ダービーとの変則二冠。種牡馬としての成功。そして、2019年8月9日の別れを経て、2024年には顕彰馬に選ばれました。ひとつずつ並べるだけでも大きな出来事なのに、それが同じ一頭の歩みなのですから、年表を作る側も背筋が伸びそうです。

私は、この馬を血統表の中の有名な名前だけで終わらせたくありません。そこには、安藤勝己さんが「心強いパートナー」と表現した競走馬がいました。松田国英元調教師が「非常に利口な馬」と語った、一頭の馬がいました。今日は、その姿を中心に据えて、大王の生涯と、その後へ続く時間をたどってみたいと思います。

※画像はAIで生成されたイメージです。

私がまず戻りたいのは、血統表よりも競馬場を走る姿

キングカメハメハという名前は、今の競馬でもたびたび目に入ります。父系の話に出てきたと思えば、次は母の父として登場する。さらに孫の世代へと話が広がり、気がつけば、いろいろなレースの血統を考える場面に顔を出しています。名前の登場範囲が広くて、競馬のあちこちに表札が掛かっているようです。

けれども、その広がりを先に追ってしまうと、主人公が少し遠くなります。私はまず、キングカメハメハ自身が走った道へ戻りたい。数々の活躍馬につながる名前になる前に、自分の脚で大きな勝利をつかんだ馬だったことを、きちんと真ん中に置いておきたいのです。

その歩みには、毎日杯の優勝があります。のちにキングカメハメハらが勝った出世レースとして語られる舞台です。後から名馬の足跡をたどると、途中の勝利まで特別な光を帯びますが、その先に大きな結果が待っていたからこそ、ひとつのレースが生涯の中で持つ意味も変わってきます。

毎日杯を勝った馬が、NHKマイルCで大きな衝撃を残し、さらに日本ダービーまで手にする。結果を並べることは簡単でも、その一戦ごとには別々の重みがあります。私は、後の成功を知っているからといって、最初からすべてが約束されていたようには受け止めたくありません。

名馬の生涯は、完成した答えとして読むと、つい滑らかに見えてしまいます。でも、競馬は一戦ずつ結果が決まるもの。その積み重ねが、やがて「変則二冠馬」という大きな呼び名につながりました。キングカメハメハの物語にも、まず、その一戦一戦があるのだと思います。

2004年のNHKマイルC、5馬身差という衝撃

後続を大きく離して芝の直線を疾走するキングカメハメハのイメージ
5馬身差の強さを表したAIイメージ。

その中でも、私がどうしても立ち止まりたくなるのが、2004年のNHKマイルCです。キングカメハメハは、このレースを5馬身差のレコード勝ちで制しました。

勝った、という言葉だけでも十分に大きなことです。そこへ5馬身差が加わり、さらにレコードまで付く。勝利を説明する言葉が渋滞していますが、どれも外せません。それだけ、この一戦には、着順だけでは伝わりきらない強さが詰まっています。

私は、5馬身という差を、ただの派手な数字として読み流せません。強い相手と競う大きな舞台で、後続との間にそれだけの違いをつくった。その事実が、キングカメハメハという競走馬の存在を、くっきり浮かび上がらせます。

しかも、この勝利は着差だけの話ではありません。レコードという時計の面からも、その走りの大きさが残りました。相手より先にゴールしたことと、速さの記録を打ち立てたこと。その二つが重なった一戦だからこそ、年月がたっても繰り返し振り返りたくなるのでしょう。

このNHKマイルCでは、安藤勝己騎手が勝利を確信していたというエピソードも伝わっています。私は、そこに引きつけられます。結果を知ってから「強かった」と言うのと、その馬に乗る騎手が勝利を確信するのとでは、言葉の重さが違うからです。

もちろん、その確信を抱いた場面や、胸の内の細かな言葉まで、私が想像で埋める必要はありません。確かに残っているのは、名手が信頼を寄せた馬が、大舞台で5馬身差のレコード勝ちを果たしたということ。その組み合わせだけで、十分に胸を打ちます。

「大王」という呼び名も、こうした走りと重ねると、すっと腑に落ちます。立派な名前に競走成績を合わせたのではなく、競走馬自身が、その呼び名に負けない姿を示してしまった。名前の看板が大きくても、本体がさらに大きかったというわけです。

この一戦を生涯の中心に置くと、後に血統の話題で名前を見るときの印象も変わります。そこにあるのは、単に便利な血統上の目印ではありません。かつて競馬場で、大きな差と速い時計を残した馬の名前なのです。

ダービーへつながった道は、ひとつの型に収まらなかった

そして、キングカメハメハの2004年を語るうえで、NHKマイルCの勝利と切り離せないのが日本ダービーです。NHKマイルCと日本ダービーを制する、史上初の変則二冠。この組み合わせが、彼の競走生活を象徴する大きな実績になりました。

私は「変則」という言葉に、少し面白さを感じます。決まった型から外れることを示す言葉なのに、キングカメハメハの場合は、それが偉業の説明になっているからです。いつもの道筋と違うからこそ、その馬が成し遂げたことの輪郭がはっきりする。競馬の歴史には、こういう言葉の逆転があるのですね。

NHKマイルCでの圧勝だけで物語を閉じていたら、速さの鮮烈な記憶が中心になったかもしれません。そこへ日本ダービーのタイトルが加わることで、キングカメハメハの姿は、さらに大きくなりました。ひとつの舞台の衝撃が、別の大舞台でも結果を残した馬の実績へとつながったのです。

その道のりは「マツクニローテ」と呼ばれ、キングカメハメハで悲願が成就した歩みとしても語られています。私は、この呼び名に、人が馬とともに目指した挑戦の気配を感じます。結果の欄には馬の名前が残りますが、その背後には、そこへ向かわせる人々の仕事がある。そのことを思い出させてくれる呼び名です。

一方で、挑戦した道の珍しさだけが主役になってしまうと、馬の強さが脇へ寄ってしまいます。私が大切にしたいのは、その道を実際に走り、二つの大きなタイトルをつかんだのがキングカメハメハだったという点です。計画は人が立てても、走るのは馬。その重みは、忘れたくありません。

ダービー馬という肩書だけでも、生涯を代表する言葉になります。それにNHKマイルCの5馬身差レコード勝ちが重なる。この二つを持っているからこそ、キングカメハメハは、競走実績を短いひと言へ収めようとすると、かえって説明が長くなる馬なのだと思います。うれしい悩みですが、文章の収まりはなかなか手ごわいです。

神戸新聞杯に残る「ダービー馬の意地です」

春の大きな勝利から、次に目を向けたいのは2004年の神戸新聞杯です。このレースを振り返るときには、「ダービー馬の意地です」という実況の言葉が残っています。

私は、この言葉の力を感じます。「ダービー馬」という実績の説明に、「意地」という人の心に近い言葉が重なる。過去に大きなレースを勝った馬が、その肩書を背負って再び走る姿を、短い表現で受け止めています。

もちろん、馬自身がどんな思いで走っていたのかを、人が断定することはできません。それでも、実況の言葉には、その瞬間に走りを見つめる側の熱が宿ります。私は、キングカメハメハの生涯をたどる中で、この一言を、記録とは別の形で残った大切な言葉として受け止めたいと思います。

NHKマイルCには5馬身差とレコードがあり、日本ダービーには変則二冠の完成があります。そして神戸新聞杯には、「ダービー馬の意地です」という言葉がある。こうして並べると、一頭の競走馬の記憶にも、数字、タイトル、声という、違った残り方があることに気づきます。

記録を知るだけなら、競走成績を追えば済むのかもしれません。でも、私は、その馬を語る人の言葉にも触れていたい。どれほどの強さだったのかに加えて、どんな存在として受け止められていたのか。その両方があって、名馬の姿は少しずつ立体的になる気がするのです。

「非常に利口な馬」と「心強いパートナー」

静かな目と耳の動きを近距離で捉えたキングカメハメハのイメージ

キングカメハメハの人物像、いえ、馬の姿を考えるうえで、私が大切にしたい言葉があります。管理した松田国英元調教師の「非常に利口な馬」という言葉です。

この言葉は、2025年の顕彰授与式で語られました。競走馬としての大きな実績や、種牡馬としての功績がたたえられる場で、馬の利口さに触れている。私は、そこに、実際に関わった人ならではの距離感を感じます。

外から名馬を見るときは、どうしても勝ったレースや着差に目が向きます。私も、5馬身差と聞けば、まずそこに心をつかまれます。それでも、日々その馬に向き合った人が振り返る言葉は、数字とは違う場所へ届きます。「非常に利口な馬」という短い表現が、華やかな成績の向こうにいた一頭の存在を、近く感じさせてくれるのです。

ここから、具体的なしぐさや厩舎での会話を想像して物語にする必要はありません。言葉そのものを、そのまま大切に受け取りたい。名馬の逸話は、細かく飾れば深まるというものでもないでしょう。短い言葉のままだからこそ、関わった人の実感が残ることもあると思います。

そして、安藤勝己さんが、亡くなったキングカメハメハへ寄せた「心強いパートナー」という言葉。この表現も、私は忘れずに置いておきたいのです。

「強い馬」と言うことはできます。「名馬」と呼ぶこともできます。その中で「パートナー」という言葉が選ばれていることに、私は引かれます。騎手と馬がともに競走へ向かった関係が、そこにあるからです。

NHKマイルCで勝利を確信していたというエピソードと、この「心強いパートナー」という言葉を重ねると、大きな勝利の内側にあった信頼を考えたくなります。結果のすごさと、相棒としての頼もしさ。その両方を持つ馬として受け止められていたことが、キングカメハメハの歩みに人の温度を添えています。

私にとって、この二つの言葉は、成績表の余白を埋めるための飾りではありません。「非常に利口な馬」と「心強いパートナー」。競馬場で見せた強さの奥に、関係者が向き合ってきた一頭の馬がいる。そのことを、短く、確かに伝えてくれます。

走る主役から、名馬たちの父へ

種牡馬時代を象徴し、広い放牧地を力強く歩くキングカメハメハのイメージ
走る主役から、次の世代を送り出す父へ。

続いて、種牡馬としてのキングカメハメハへ目を向けます。競走馬として大きな名前を残した後、その名前は、別の形で日本競馬の中に広がっていきました。自身が先頭でゴールする物語から、産駒の活躍を通して存在が見える物語へ。ここで生涯の景色が変わります。

キングカメハメハは、16頭のGI馬の父としても、その功績をたたえられています。私は、この数字を、単に「たくさん」と言い換えて終わらせたくありません。父の名前を共通して持ちながら、それぞれ別の競走馬として大きな舞台を勝った馬がいる。その積み重ねが、16頭という実績になっています。

一頭の名馬を送り出すことの重さを考えると、その数が持つ意味は大きいものです。しかも、キングカメハメハ自身の競走実績がすでに鮮烈です。現役時代の物語が十分に濃いのに、種牡馬として、もう一冊分の厚さが加わる。大王の伝記は、なかなか薄い本になってくれません。

その代表として名前を挙げたいのが、産駒のロードカナロアです。そして、ロードカナロアの先には、キングカメハメハの孫にあたるアーモンドアイがいます。

このつながりを追うと、キングカメハメハの功績が、父として送り出した世代だけに収まらないことがわかります。子が活躍し、その子から、さらに大きな存在が現れる。血統の話ではありますが、私には、名馬の物語が次の主役へ手渡されていくようにも感じられます。

ここで気をつけたいのは、子や孫の強さを、すべてキングカメハメハ一頭の手柄にしてしまわないことです。それぞれの馬には、それぞれの歩みがあります。私は、その独立した物語を大切にしながら、同時に、そこへつながる父や祖父としての大きさを見つめたいと思います。

キングカメハメハの血は、日本競馬の主流血脈のひとつになりました。その言葉を、私は、血統表の中で目にする頻度だけの話には受け取りません。何世代もの競走馬を通して、その名前が現在の競馬へつながっている。競走生活で得た名声とは違う長さで、存在が残っているのです。

父としての名前が、母の父としても広がっていく

さらに、キングカメハメハは「母の父」としても存在感を示しています。2020年には、母の父として首位に立ちました。

私は、この広がりにも目を向けたくなります。父から子へつながる道を追っていると、血統の物語を一本の線として考えがちです。けれども、娘たちを通して、その先の世代へ受け継がれていく道もある。キングカメハメハの名前は、そうした別の位置からも競馬に関わり続けています。

2026年の競馬でも、チェルヴィニアを考える場面で「母の父キングカメハメハ」が注目され、クイーンSを制したココナッツブラウンでは、キタサンブラックとの配合が話題になっています。私は、ここから個別の馬券の結論へ進むよりも、キングカメハメハが父系だけでなく、母方からも次の世代に関わっていることを受け止めたいと思います。

名前が血統表のどこにあるかで、見えてくるつながりも変わります。先ほどまで父として語っていた馬が、別の馬の話では母の父になる。複雑そうに見える血統の世界も、一頭の生涯からたどると、次の世代へ続く道として少し身近になります。

それでも、ここで主役を見失わないようにしたいところです。子孫の名前が華やかなほど、話はどこまでも広がります。今日は、その広がりを確かめたうえで、再びキングカメハメハ自身へ戻ります。家系図の枝が元気なのはうれしいですが、幹を見に来たことは忘れないように。

2019年8月9日、18歳で迎えた別れ

夕方の光に照らされた、馬のいない放牧地と木柵
一頭の生涯をしのぶ象徴的な情景。

キングカメハメハは、2019年8月9日に18歳で亡くなりました。2004年の日本ダービーを制し、種牡馬としても活躍した馬との別れでした。

この日付を前にすると、私は、現役時代と種牡馬時代を別々の成功談として切り分けていた見方を、いったん戻したくなります。走っていた時期も、父として名馬を送り出した時期も、同じ一頭の生涯の中にあった時間です。

NHKマイルCの5馬身差を思い浮かべると、強さが前面に出ます。ロードカナロアやアーモンドアイへ続く名前を追うと、血脈の大きさが見えてきます。それでも、18歳でその生涯を終えた一頭の馬だった。その事実に触れると、実績の大きさとは別の静けさがあります。

私は、死を語る場面でまで、大王らしい壮大な表現を重ね続ける必要はないと思います。名馬であっても、別れの日は訪れる。残された記録も、関係者の言葉も、子や孫たちの活躍も、その一頭が確かに生きた時間の先にあります。

安藤勝己さんの「心強いパートナー」という言葉も、ここで、もう一度違う重さを持ちます。競走馬の追悼には、何を勝ったかだけでは収まらないものがある。ともに大きな舞台へ向かった相手を失った人の言葉として、その短い表現を受け止めたくなります。

2026年8月9日には、没後7年を迎えました。7年という時間が過ぎても、キングカメハメハの名前は、過去の名馬を振り返るときだけに登場するわけではありません。現在の競馬を考える場面でも、なお、その名に出会います。

私は、そこに、この馬が残したものの大きさを感じます。命日は、生涯を思い返す日です。同時に、その馬から続くものが、今どこにあるのかを見つめ直す日にもなる。キングカメハメハの場合、その二つが、自然にひとつにつながっているのです。

2024年の殿堂入りは、生涯の先に届いた大きな節目

別れの後にも、キングカメハメハの物語には大きな節目が訪れました。2024年、顕彰馬に選定されたのです。ノミネートから19年目の殿堂入りでした。

私は、この「19年目」という時間を、さらりとは通り過ぎられません。競走実績と種牡馬としての功績があり、それらを残した馬が、長い時間を経て顕彰馬に選ばれた。すでに知られていた偉大さに、あらためて大きな形が与えられた出来事として受け止めています。

この選定では、史上初の変則二冠に加えて、16頭のGI馬の父となった種牡馬としての功績も評価されました。私が生涯をたどる中で分けて見てきた「走ったキングカメハメハ」と「父としてのキングカメハメハ」が、ここでひとつの大きな評価につながります。

現役時代だけを見ても、NHKマイルCと日本ダービーの二冠は鮮烈です。種牡馬時代だけを見ても、名馬を送り出した実績は大きい。その両方が同じ名前に重なっていることを、顕彰馬という節目が、あらためて浮かび上がらせました。

金子真人オーナーは、選定に際して「感慨深いものとなりました」と喜びを表しています。私は、この言葉にも、年月を重ねた出来事らしい深さを感じます。勝利の直後に生まれる熱とは、また違う受け止め方があるのでしょう。

競走馬は、現役を終えた瞬間に評価がすべて固定されるとは限りません。子や孫の活躍を通じて、後から見えてくる大きさもあります。キングカメハメハの殿堂入りは、競走馬としての記憶と、種牡馬として残したものを、長い時間の中で見つめる節目だったと私は思います。

ロードカナロア、アーモンドアイと並ぶ親子3代

親子3代の殿堂入りを象徴し、同じ光の中に奥行きを持って並ぶ三頭の馬
キングカメハメハからロードカナロア、アーモンドアイへ。三代を象徴するAIイメージ。

さらに、この殿堂入りには特別な意味があります。キングカメハメハ、ロードカナロア、アーモンドアイによる、史上初の親子3代での顕彰馬選出です。

この三つの名前を順に並べると、私は、単なる血統の説明以上のものを感じます。それぞれが大きな存在として認められ、その三代が血でつながっている。一頭の成功を語っていたはずなのに、いつの間にか、世代をまたぐ歴史になっています。

父のキングカメハメハがいて、子のロードカナロアがいて、孫のアーモンドアイがいる。関係そのものは短く説明できます。でも、その三頭がそろって顕彰馬となる重みは、短い説明だけではなかなか収まりません。家系図を眺めるつもりが、殿堂の案内図になっているようなものです。

2025年1月27日の顕彰授与式は、そうした功績をたたえる場になりました。松田国英元調教師の「非常に利口な馬」という言葉も、この場で語られています。大きな歴史的評価と、一頭の馬を知る人の言葉が、同じ場所にある。その組み合わせを、私は大切に感じます。

顕彰馬という言葉は立派です。親子3代という記録も壮大です。それでも、その中心にいたのは、非常に利口で、騎手にとって心強いパートナーだったキングカメハメハ。大きな称号をたどった先で、その一頭へ戻ってこられることが、この物語の良さだと思います。

2026年の競馬にも、その名前が続いている

ここから、少しだけ現在の競馬へ視線を移します。2026年にも、キングカメハメハの血を引く馬や、孫の世代の活躍が、さまざまなレースで注目されています。

春には桜花賞で孫世代の活躍が話題になり、天皇賞・春では、過去4年の勝ち馬のうち3頭が、父の父にキングカメハメハを持つ馬でした。私は、この事実から、キングカメハメハの名が、一部の場面だけに残っているわけではないことを感じます。

夏には、函館記念で、その血を引く馬が直近5年で3勝を挙げていることが取り上げられています。秋にも、神戸新聞杯や秋華賞などで、キングカメハメハにつながる血統が話題になる。競馬の季節が巡るたびに、別の場所から名前が現れるのです。

その秋のつながりを、具体的な一戦で感じさせてくれたのが、2026年10月18日の秋華賞です。ロードカナロア産駒のギャラボーグが、勝ち馬とクビ差の2着に入りました。父がロードカナロア、その父がキングカメハメハ。大王から見れば、孫の世代にあたる一頭です。

ギャラボーグは、阪神ジュベナイルフィリーズ、桜花賞に続き、秋華賞でもGIで2着となりました。あと少し、という思いが重なる成績ですが、大きな舞台で繰り返し上位に来ていることにも、私は目を向けたいと思います。勝ち馬の名前だけを追っていると、そのすぐ隣で続いている物語を見落としてしまいそうです。

2004年の走りを振り返っていたはずが、孫の一頭を通して、2026年の秋へ戻ってくる。大王の家系図は、昔話のページだけでは閉じられません。私はそこに、キングカメハメハの名前が、今も競馬の中で生きていることを感じます。

ここで私は、血を持っていれば必ず走る、という話にはしたくありません。一頭一頭の競走馬がいて、レースごとの結果があります。それでも、何年もたって、複数の世代や舞台で名前が出てくるという広がりは、生涯を振り返るうえで無視できないものです。

2004年の神戸新聞杯を走ったキングカメハメハの名前が、2026年には同じレースの血統を考える中にも出てくる。私は、こういうつながりに、競馬ならではの時間の流れを感じます。かつての主役が、次の世代の背景となって、同じ舞台へ関わり続けているのです。

NHKマイルCにも、同じような重なりがあります。キングカメハメハ自身が鮮烈な勝利を残したレースで、後の世代では、その血を持つ馬が注目される。ひとつのレースの歴史と、一頭の馬から広がる歴史が、別の時代に交わります。

だからこそ、私は、現在の血統の話から過去の走りへ戻る時間も持ちたいと思います。「キングカメハメハ系」という言葉を見かけたら、その根元には、5馬身差でNHKマイルCを勝ち、日本ダービーを制した馬がいる。そこまで思いを戻すと、有名な名前にも、もう一度、競走馬としての姿が宿ります。

大王の生涯を、いくつかの節目で見つめ直す

ここまでたどってきた時間を、いったん並べておきます。競走馬としての偉業、種牡馬としての功績、そして別れの後の顕彰。順に見ると、それぞれ別の出来事だったものが、一頭の生涯と、その先へ続く評価としてつながります。

キングカメハメハの生涯と功績をたどる主な節目
時期 出来事 残された実績・言葉
2004年 NHKマイルCを制覇 5馬身差のレコード勝ち
2004年 日本ダービーを制覇 NHKマイルCとの史上初の変則二冠
2004年 神戸新聞杯 「ダービー馬の意地です」という実況
種牡馬時代 数々の活躍馬を送り出す 16頭のGI馬の父となる
2019年8月9日 18歳で死去 競走馬、種牡馬として大きな功績を残す
2020年 母の父として首位に立つ 娘たちを通した次の世代への広がり
2024年 顕彰馬に選定 ノミネートから19年目の殿堂入り
2025年1月27日 顕彰授与式 松田国英元調教師が「非常に利口な馬」と語る
2026年8月9日 没後7年 子や孫の世代へ続く功績を振り返る節目

こうして並べても、私は、表の中だけにキングカメハメハを収めることはできないと感じます。出来事は整理できますが、5馬身差の衝撃や、関係者の短い言葉が持つ温度までは、枠の中に入りきりません。表は道しるべ。その先に、一頭の馬がいるのだと思います。

私が最後に戻るのは、「心強いパートナー」という言葉

キングカメハメハの生涯をたどって、私の中に残る姿は、ひとつではありません。NHKマイルCで5馬身差のレコード勝ちを果たした競走馬。日本ダービーとの変則二冠を完成させた馬。16頭のGI馬の父。そして、ロードカナロア、アーモンドアイと、親子3代で殿堂入りを果たした大きな存在です。

どこから見ても、語るべき実績があります。現役時代の強さを入り口にしても、血統を入り口にしても、十分に深い物語へたどり着きます。私は、そのどちらかへ無理に絞るより、競走馬としての時間と、父としての時間が、同じ生涯の中にあったことを覚えていたいと思います。

それでも、最後に戻りたくなるのは、安藤勝己さんの「心強いパートナー」という言葉です。偉業を数えてきた後にこの言葉へ戻ると、遠くにいた大王が、一頭の競走馬として少し近くなる気がします。

強さをともに発揮した相手がいて、利口さを知る人がいて、その歩みを見守ったオーナーがいる。大きな記録の周りには、人と馬が関わってきた時間があります。そこに目を向けることで、名馬の生涯は、数字だけの話ではなくなります。

2019年8月9日に、その命は閉じました。けれども、競馬場に残した記録も、人の中に残った言葉も、次の世代へつながった血も、それぞれの形で続いています。2024年の殿堂入りも、2026年の競馬で名前が登場することも、その続きにあります。

私はこれから、血統表やレースの話題でキングカメハメハの名に出会ったら、少し立ち止まりたいと思います。その名前の向こうに、2004年を走った馬がいることを思い出すために。5馬身差の衝撃も、ダービーの栄光も、利口な馬だったという言葉も、ひとつにつながった生涯として受け止めるために。

大王という呼び名は、やはりよく似合います。けれども、私が今日ここに残しておきたいのは、立派な呼び名だけではありません。大きな勝利をつかみ、数々の名馬へつながり、人から「心強いパートナー」と呼ばれた、キングカメハメハという一頭の馬のことです。